2008年06月09日

食べたもののようになる。



マクロビオティックの考え方のひとつに、

「食べたもののようなる」

という考え方がある。


たとえば、肉を食べ過ぎれば猛々しく動物的に、
乳製品を摂りすぎれば、色白で動作がのんびり緩慢に、
パンばっかり食べ過ぎれば、考えが分散してまとまらないとか。


かといって、そういったものを「食べてはいけない」のではなく、
「偏り過ぎちゃいけない」ということだ。

マクロビオティックは、バランスなわけで。



ところで、俗に言う「アキバ系」と言われたタイプの人の中で、
リアルな大人の女性に感心が持てず、(実際はあるのかもしれないが)
いわゆるロリコンや、最近は、アニメやゲームのキャラに真剣に恋して、
「嫁」とか言い出す奴らがいる。


「もう、二次元の女の子にしか恋できない・・。」とか。

そして、そういうキャラクターのフィギュアとかでハァハァやっているのだ。



でも実は俺も、一時期、軽い鬱になって、一日中ゲームしまくってた時期があって、
こういう奴らの気持ちも理解できる。

さすがにフィギュアでハァハァはしなかったけどね。


こう・・気持ちが外に向かないというか、
家を出たり、誰かと会う約束する電話をすることすらおっくうなって、
意識が内側へ、内側へと行ってしまう。

自分では、これじゃダメだと思っていても、
どうしても気持ちが外に向かない。


そんなとき、俺は何を食べていたと思いますか?
また、リアルな恋愛ができない奴らが、ふだん何を食べていると思いますか?













レトルト、カンヅメ、カップラーメン。


どれも、それが入っている容器の中で完結する食べ物。


「食べたもののようになる」という考え方を当てはめたら、
気持ちが外を向かなくて当たり前だ。



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しかも、美味しんぼの101巻にも書いてあるように、
カップラーメンなんて、添加物で作ったバーチャルな食べ物だから、
バーチャルなものが性の対象になったり、
ゲームと現実の境目がわからなくなるんじゃないだろうか?


と、俺は思う。



思い返せば、レトルトもカンヅメもカップラーメンも、
保存食として大量にストックできるから、ついつい買いだめしちゃったんだよねー。

でも、そういうものを常食していた時期があったからこそ、
今、食の大切さを身を以て訴えることができる。

俺が鬱になったことも含めて、何一つ人生に無駄は無いんだな。





ところで、そういう意味では、マクロビオティック●日間セットなんていうレトルトって、
どうなんだろうねー。実際。



俺はイヤだな。個人的に。


 
posted by wako at 00:52| Comment(1) | TrackBack(0) | マクロビオティック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして!UP大変ですね。今後も拝見させて頂きます。
Posted by at 2008年10月15日 10:04
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